Shinjuku Night #004 〜裏でも表でもない新宿徘徊録〜


時計に4つ「1」が並んでいる。
新宿で上を向いて歩いていたら、歌舞伎町のシネシティに着いた。コマ劇場跡地に建てられている東宝ビルの黒い影を目にして、そういえばどうなったのかと見に来たのである。もうずいぶんと出来てきているというのに、いつもうつむき気味に歩いているせいか工事の白い柵しか見ていなかった。この30階建てのビルにはシネコンとホテルが入るそうだ。オデヲン座があった第一東亜会館もいつのまにか更地になっていて、こちらはアパホテルになるのだとか。どちらも自分にはあまり関係なさそうだ。先日には、ついにミラノ座が入るTOKYU MILANOビルも建て替えが発表された。あちこちに工事柵が建っているシネシティ広場ではあるが、今日もその辺りには人がたくさん寝転んでいる。それを外国人観光客がスマホで撮影している。このあたりと言えば、あの1分間1000円で殴りたい放題という「殴られ屋」ハレルヤアキラさんのいたころを思い出す。あのころは活気があった。人の群れがリングになって、多様な人が見守るあの空間は、歌舞伎町をうまくエンタテイメントとして見せていてとても面白かった。グルリ回って再び東宝ビルを見上げる。時間も深くなり人も減ってきたせいか目立つところで立ち止まって、上なんか向いてたらもうキャッチが次から次へと寄ってくる。人が多くても面倒だが、少なくてもまた面倒な場所である。


一番街を避けてセントラルロードへ入り、靖国通りへ向かっていると、後ろから「向井くーん」と声がした。振り返ると、青いワンピース姿のカナちゃんだった。
「熊みたいなのが歩いてるからすぐわかったよ。今日、早上りで《コネジ》で飲んでたんよ」
カナちゃんは自分が《コネジ》に戻って一番最初に声をかけてくれたレナちゃんの友達で、今はガールズバーで働いている。レナちゃんも今は同じ店で働いていると最近知った。というよりはレナちゃんの働いていたキャバクラの流れをくむ店が、ガールズバーに店変えした、というよくある話なのであった。
「お腹すいちゃってこれから《やんばる》で沖縄そば食べるんよ。ちょうどよかったよ、一人じゃ寂しいからつきあってよ」
「俺さ、今日はもう最後《かめや》の天玉って決めてきたんだよね」
「そんなのいつだって食べれんじゃん。じゃ、お酒だけ飲んでりゃいいじゃん。おごるよ」
実は自分のテンションが落ち気味の時に人と食事するのもちょっと悪いかなとも思っていたのだが、そんなことを説明するのもまた面倒だし、結局ついていくことにした。


沖縄食堂の《やんばる》はアルタ裏の通りにある。カウンターだけの1号店の真横に3フロアでテーブル席もある2号店がある。今日は1号店へ。こちらは食券式である。カナちゃんはソーキそばの食券を購入し、再び1000円札を入れると「ほら、何飲むの?」と販売機を軽くトントン叩きながら急かしてくるので、さっとシークヮーサーサワーのボタンを押した。中に入りカウンターに座る。食券を出すとサワーがすぐに出てきた。
「いただきますよー。カナちゃん飲まないの?」
「今日はもういいわー。あっ、でもちょっとちょーだい」
いきなり自分からグラスを奪うと、ちょっとといいつつグビグビと3分の1ほどサワーのラインが落ちた。ソーキそばが出てきた。巨大な肉が3つほど上に乗っかっている。カナちゃんはカウンターにあるコーレーグスを大量にかけ、紅しょうがも大量に盛った。「ぐぁー、うまい」。カナちゃんは横に並んでいるどんな客より豪快に音を立ててそばをすすっている。
「わたしね、レナちゃんになりたいんよ」
「あぁ、変わらなく美人だよねぇ。昔から知ってるけど、当時から人気すごかったもん」
「8歳も年上なんだよ。レナちゃんの前に座ったお客さん、みんな常連になるんよ」
「ふーん」
「だから決めたの。8年後に今のレナちゃんになるの」
そうかぁ。しかしレナちゃんは8年前からすでに「レナちゃん」だったのだが、それを言うのは野暮だろう。それよりも、そんなに紅しょうが入れて大丈夫なのか。そんなことが気になりながらも自分のことも考える。
「8年後ってどうなってるのかなぁ。俺なんか半月後の事もわかんないよ」
「ふーん。じゃあ、君もレナちゃんを目指したまえ。じゃね!」
何の前触れもなくカナちゃんは自分を残して帰っていった。そういうところはすでにレナちゃんにそっくりなのだが。レナちゃんを目指したまえ、か。ふざけて言われた言葉が、ほんのり残った。


店を出てふらふらとルミネエストの横を歩き、南口の方へ向かう。こちらの方へはほとんど来ないので、駅前の"昔のまんま食堂"《長野屋》はどうなったのか、ということが気になり来てみたのである。なんだ、そのまんま存在しているではないか。長野屋は新宿の店としては早じまいなので、自分はいい客ではないが、なんだか見るだけで満足した。ごく普通の建物なのに、まわりがどんどん新しいビルに変わっていって、いつの間にか異様な存在になってしまう。通り向こうには33階建ての巨大ビルが建設中だが、そういう時代の流れを知らんぷりして相撲中継を流し続けてほしい。


甲州街道の下通路をくぐり、再開発ビル工事中の横を歩く。目の前に現れたエスカレーターが動いていたのでなんとはなしに乗ってみた。上がった目の前は黒い河、のような暗いデッキ。タカシマヤタイムズスクエア前に新宿駅の線路と平行してあるデッキである。目の前が新宿駅だというのに、なぜにここまで暗く静かなのだろう。紀伊國屋書店南口店や東急ハンズが閉まった後の、この先はどうなってるのかと気になり暗い道を進む。線路の逆側、こちら側と違いちょっと洒落た感じの小道として存在するサザンテラス方向へかかるイーストデッキまで来た。線路の真上だというのに遠くを走る電車の音が微かに聞こえるだけだ。半分ほど渡り、南口の方向を向いてみた。「おぉー」思わず声が出た。右横に建つタイムズスクエア、左横には小田急サザンタワーJR東日本ビル、後方にはドコモタワー、目の前には遠くに西口のビル群と、すぐ目の前の巨大クレーンが立つ南口再開発の建設現場風景が全てに手の届くような感じにせまってきた。そして駅の真上にいながら、今この瞬間に人の姿が一人として見えない、人という衣服を脱いだ真っ裸の新宿がそこにあった。美しいが、とても怖かった。人がいないのをいいことにしばらく胡坐をかいて見ていたが、カチャンと音がしたので見てみると、サザンテラス側に警備員が巡回していた。自分独りで陶酔している分にはいいが、他人から見たら不審者そのものである。警備員さんが横道に入ったのを見てあわててサザンテラス側から駅方面へ向かった。建物の陰で見えなかったが、そこには人がそれぞれに夜を過ごしていて、そんな人の気配が増えて、甲州街道に戻った。終電近くの新宿駅前は、まだまだ人が多く、ノイズが飛び交っていた。ふと緊張感が解けて息が漏れる。


最初の予定通り、思い出横丁のそば屋《かめや》に向かおうと甲州街道の信号を待っていたら、電話が鳴った。《コネジ》のマスターからだった。
「あっ、もしもし。向井君、今日、新宿にいる? ヨシノさんがさ、差し入れで餃子いっぱい買ってきてくれたんだけど今日あんまり人いなくてさぁ。食べに来ない?」
天玉そば、食いたいけどなぁ。
楽しくても、つらくても、今日は勝手に終わっていって、少し希望は持っても、実際は今日とほとんど変らない明日がもうそこにいて。そんな時間に新宿に立っていて。やっぱり半月後の自分の事はわからないけど、とりあえず餃子でも食うか。

◆歌舞伎町地図
http://www.d-kabukicho.com/kabukicho-map.html
沖縄そば やんばる(食べログ
http://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13004123/
◆長野屋(東京新聞・エンテツさんの大衆食堂ランチ)
http://goo.gl/tGdbJY
◆新宿サザンテラス(wiki
http://goo.gl/nEhVJY
◆かめや 新宿店(食べログ
http://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13006720/